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2005.04.28

■大規模災害対策のセンター構成

■大規模災害対策のセンター構成に関して

 コンピュータセンターは原則として2センター方式になっています。
 原則としてというのは、バックアップセンターは自前のセンターを
 持つのは経済負担が大きいので、共同のバックアップセンターに加入
 する等のバリエーションがあるからです。

 地震やテロによる爆破、飛行機の直撃等の予期せぬ災害が発生に
 備えて、メインセンターのコンピュータが利用不能になった場合には、
 サブのコンピュータセンターに代替させるという2センター方式の構成
 になっています。
 片一方のコンピューターセンターが機能不全に陥ったときには、
 瞬時にもう一方のコンピューターセンターがバックアップする仕組み
 になっているのです。
 
 この方式にもいろんな方式がありますが、基本は、メインコンピュータ
 センターの他にミラーのコンピュータセンターを設置する方式です。
 これは、メインコンピュータと遠隔地のコンピュータが2-3秒の遅れで
 同一の処理を行う仕組みです。
 これによりメインコンピュータが稼動不可能になった場合には、瞬時に
 ミラーコンピュータシステムがメインの代替機能を果たす仕組みです。

 この場合には、ファイルの切替えやプログラムの切替えは当然のこと
 ながら、通信回線の接続の切り替えも必要となります。
 これらを瞬時に切替える必要があり、このための仕組みは複雑な技術を
 必要とします。
 しかしながら、社会インフラ化しているバンキングシステムをストップ
 させることによる影響は大きなものがあります。
 従って、銀行は災害対策には大きなシステム投資を行っているのです。

■実際の大規模地震発生の事例

 淡路・阪神大震災が発生してから、既に10年弱の年月が経ってしまい
 ましたが、この震災の状況を思い出しながら、小生の体験した災害対策
 の一端をお話してみたいと思います。

■突然の激震が発生

 1995年1月17日午前5時46分。成人の日と振り替え休日の連休があけよう
 としていたその瞬間、淡路島北端から阪神間の一帯は、その風景が一変
 しました。死者6430人。負傷者4万3773人。
 全壊した住宅は約10万4900棟。大震災が発生したのです。

 小学校などの避難所には、神戸市内だけで最高時23万6899人
 (1995年1月24日)が身を寄せ、被災生活をしいられることに
 なったのです。

■銀行機能の回復について

 家々は崩れ、鉄筋のマンションやビルも傾き、町のあちらこちらから
 火の手が上がるという光景をテレビ画面で驚きと悲しみの中で
 片目でテレビを視ながら銀行機能の現状復帰の対応を行っていました。

 銀行は銀行機能の正常化のために対策本部を設置して、銀行サービス
 の復旧のための努力を行いました。

 小生は、当時は、さくら銀行の事務管理部に勤務しており、
 前々日まで神戸で仕事をしており、地震発生当日は、東京に帰って
 きていたため被災の経験はしていません。
 しかしながら、東京の地震対策本部で、現地の生の情報収集と本部として
 の各種の支援対応の指揮をとることになりました。

 このときの記憶は薄くなりつつありますが各種の貴重な体験をしました。

■情報の収集に関して

 第一報を知ったのは、自宅の朝のテレビのニュースでした。
 このニュースではいつもの地震ニュース程度の認識しかなく、
 いつものように出社しました。
 出社すると、コンピューターセンターから、神戸地区の営業店の
 数10カ店以上の銀行端末やATMが開局できなく、営業店への電話
 連絡もできない状況にあるとの報告を受けました。
 この段階で大災害の予感がしましたが、出社した8時の時点ではテレビ
 等の朝のニュースでは詳細を把握できていなかったようでした。
 電話を神戸にかけましたが全く通じない状況でした。

 こんな状況の中で、たまたま一本の電話が神戸本部とつながりました。
 これがチャンスとこの一本の電話回線を一日中キープすることにしました。
 これが唯一の情報収集チャネルのために、この電話回線をつなぎ放しに
 して、スピーカーとマイクを接続して、情報交換のチャネルとしました。
 他の通信手段が復旧するまでは、この電話回線が現地の情報を入手する
 重要な情報チャネルのひとつとなったのです。

■徐々に情報が入手できるようになり、被害状況の把握が可能となって
 きました。この刻々と入ってくる情報を事務所の壁全体に白の模造紙を
 貼り、ここにメモや各種の情報をカテゴリィー別に貼り付けて、
 誰でもが情報を共有でき、全体を把握できる体制にしました。

 幸い、銀行関係者に直接的な人命の被害はなさそうであり、営業店の
 何カ店かが建物の崩壊により使用不能となっていることも判って
 きました。
 個別店舗ごとの復旧対応、災害時の緊急事務取扱い方法の指示等で
 2-3日の間は徹夜で対応し、復旧対応に忙殺されたことを思い出
 します。

 さくら銀行のコンピュータセンターは被災しておらず、通信回線は
 不通の箇所が何回線が在りましたがこれらも順次復旧し、正常に稼動
 できる状況にしました。
 このことが復旧の対応を簡単にしたことは幸いでした。

 各種の顧客データはコンピュータセンターに蓄積されていたからです。
 各種の支持をコンピュータ端末を通しても可能になったからです。

■大震災が発生する状況は様々です。

 事前に予測して十分な対応をしている積もりでも、現実には予期せぬ
 事態が次から次に発生していきます。この予期せぬ事態にいかに迅速に
 適切な対応を行うかは、各人のビジネススタイルに関係があります。
 簡単なことでも本質を捉えた対応力のある実務訓練が必要であることを
 実感しました。
 異常事態が発生したときに冷静かつ沈着で適切な行動をとることが
 できる人間とパニックに陥り空回りする人間がでてきます。
 真のビジネス能力を判断するにはパニックへの対応力ということと考えて
 いますので、この災害を通じて改めて過去の自分の個々人への人事の
 評価基準の正しかったことを確認する結果にもなりました。

 今回は、ここまでです。
 次回は、災害対策で実感した、予想に反した事柄について書いてみます。

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