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2005.04.20

■ATM開発の歴史

☆ATM開発の歴史

 2号と3号は、ATMの新戦略に関して触れましたが、
 今回はATM開発の歴史を採り上げたいと思います。

■ATM開発の歴史

 銀行のATM開発の歴史は昭和40年代の第一次オンライといわれる
 バンキングシステムのオンライン処理が開始された時代にさかのぼります。

 バンキングのオンラインがスタートしてから数年後のシステム拡大期の
 初期の段階の40年の半ばにオンラインCD機が登場します。

 まず、現金自動支払機であるCDが開発される時代の状況を
 振り返ってみたいと思います。

 昭和40年代になって、都市銀行は大衆化路線という戦略を開始しました。

 それまで、都市銀行は、大手企業を取引の対象としていましたが、
 この時代から個人の取引に戦略の重点を移していきます。

 個人市場から預金を集めて、これを企業に貸し出して、
 利鞘を稼ぐという戦略の拡大です。

 低コストの資金調達源である個人のお客様の取引の拡充戦略と
 企業相手の運用先拡大という銀行戦略の明確化です。

 個人戦略展開のためには、大量の事務処理に対応する必要があります。

 このために、コンピュータによる大量事務処理システムの開発競争が
 開始されることになります。

■オフライン事務処理の形態

 この当時の銀行の事務処理は、NCR、バロース等の米国製の厚紙製の
 預金元帳に機械印字できるオフライン機器(単体で動く機器)を使っていました。

 預金元帳も紙の元帳で営業店で管理されていました。

 一部の機械では、紙の元帳に磁気ストライプを貼り付けて、ここに前残等を記録する
 単能機器も存在していました。

 しかし、この単能機器を使っての事務処理には、
 時間がかかり、人手もかかりました。

 お客様が窓口係り(銀行ではテラーと呼称しています)で、普通預金の支払を
 行う場合の事務処理体制を再現してみたいと思います。

 まず、お客様は普通預金の支払伝票に口座番号と支払金額を記入します。

 そして、通帳とこの伝票を窓口係(銀行ではテラーと呼称しています)に渡して、
 引き換え札をもらい、ロビーの椅子にもどります。

 このときテラーは、内容点検の上テラー印を押し、
 引き換え札の番号を伝票に記入の上で
 お客様に引き換え札をお渡しします。

 お客様は、事務処理時間がかかりますので、
 ロビーに備え付けの雑誌でも読みながら
 名前を呼ばれるのを待つということになります。

 
 一方、テラーは、お客様からお預かりした、
 通帳と伝票を後方の担当者に回します。

 後方の担当者は、この通帳と伝票を受け取り、
 該当の口座番号の紙製の預金元帳を
 口座番号順に並んでいる元帳保管ファイルから抜き出し、
 元帳上の前残と通帳上の残高を確認の上で、
 前残を打ち込み、出の取引区分を打ち込み、
 支払金額を打ち込みます。
 
 そして、通帳と紙の預金元帳を機械に差し込むと新残高が計算されて通帳と元帳に
 取引結果が印字されることになります。

 これを精査担当者に回し、入力の正当性を確認の上で、テラー印を確認の上で
 該当テラーに返却します。

 後方から、処理結果を受け取ったテラーは、この通帳と伝票の内容確認の上で、
 支払金額に該当する現金準備し、お客様のお名前をお呼びいたします。

 お客様がカウンターにこられると、引き換え札を確認し、
 引き換え札と引き換えに、お客様に通帳と現金を手渡すという手順になります。

 以上のような、プロセスで、随所にミス防止の仕組みを組み込み処理していた
 わけですが、それでも人間の処理することですから、ミスも発生します。

 このミスの発見に多大な時間を費やすことも時々発生していました。

 また、当時の端末は機械仕掛けでしたので、
 大きな音がしていたことを思い出します。

■オンラインバンキングシステムの開発

 この一連のプロセスの大量事務処理を省力化・合理化するためのシステムとして、
 預金元帳をセンターに設置したコンピュータシステムに記録する方式である
 オンライン方式が登場してきました。

 従来の紙ベースで営業店にファイルしてある預金元帳を、コンピュータセンターに
 設置した、磁気ディスク装置に記録保存する仕組みにしました。

 営業店に設置された預金端末と紙製の預金元帳をコンピュータセンターにある
 磁気ファイルに記録し、データ通信回線で結んで処理するシステムが
 開発されたのです。

 現在のバンキングシステムの基本的な形態であるオンライン方式の登場です。

 日本で最初に預金のオンラインシステムを稼働させたのは当時の三井銀行です。

 東京オリンピックで日本IBMが競技データの処理用に利用した
 コンピュータと同じ機種を利用して普通預金のオンラインシステムが
 開発されました。

 初めての経験ですから、今では考えられないいろいろなトラブルがありました。

 当時このシステムの開発に関係した方は、多数いらっしゃいます。

 このときの苦労話はいろいろと聞きますが、
 機会があればご紹介してみたいと思います。

 先人達の日夜を徹した努力の結果として、
 システムは無事スタートすることができました。

 これが、昭和40年、西暦1965年であり、今から40年前のことです。

 当時は、データ通信回線も未熟で200ボーという低速の通信回線でシステムが
 構築されました。

 現在の電話回線を利用するADSL回線の最高速度が40MBのスピードですから
 一秒間に40,000,000ビットのデータスピードに対して、当時はたったの200ビットの
 データしか送れないデータ通信専用回線を使っていたのです。

 このオンラインシステムの開発の歴史も別途説明したいと思います。

 このオンラインシステムの稼働拡大に歩調を併せて、
 口座自動振替システムの推進や現金自動支払機の開発が開始されます。

 既にご説明したように、当時の銀行の事務処理は大変で、女子行員が夜遅くまで、
 残業する職場でした。毎日夜遅く帰る日が続きました。

 この事務処理をなんとか合理化したいということで
 オンラインバンキングシステムが開発されたのです。

 中でも、窓口にこられるお客様への事務処理体制をいかに合理化するかが
 重要な合理化対策の要点でした。

 各種の合理化施策のシステムが開発されましたが、真っ先に店頭のお客様への
 現金支払事務の事務処理を合理化する方法が検討されました。

 当初は、外国製のオフラインのCD等の導入試行等もありましたが、
 最終的に、オンラインで現金支払可能なCD(現金自動支払機)が浮上してきました。

 このCD機(現金自動支払機)は、前述したテラーも含めた以後の
 事務処理プロセスを無人ですべて自動処理してくれるという
 画期的な機械の発明だったのです。


 ここから、CDの開発、そして、ATM開発の歴史が始まります。

 以下次号に続きます。

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