■データ通信回線の自由化
■データ通信回線の自由化
前回で説明したように、東京オリンピックを契機として、電話回線を専用線
利用という制限付き条件でデータ通信に利用することが可能となりました。
これを契機として、バンキングオンラインを初めとして、各種のオンライン
システムが稼働し、現在の情報化社会を形成することになりました。
しかし、昭和40年代当時の日本の通信回線は、電電公社の独占事業であり、
電電公社の提供する専用回線を使うしか方法がありませんでした。
日本の通信回線利用料金は欧米に比較して、長距離回線が高額であり、
全国をカバーするオンラインシステムの構築はお金のかかるシステム
だったのです。
バンキングオンラインシステムが急速に発展したのは、このコストに見合う
省力・合理化効果を享受できたからです。
金融機関の電電公社への支払は、他業態に比較しても桁違いの大きな
支払金額でした。
この状況は、NTTになっても大きくは変化していないと思います。
従って、この回線利用料金をいかに節減するかが次の経営課題として
浮上してきたのです。
この回線料節減対策の事例に関しては後ほど説明いたします。
一方、この電電公社の提供する専用回線の利用に関しては、電電公社の
技術審査という審査規制と「公衆電気通信法」という法律により
各種の利用規制がなされていました。
これらの規制や制約の為にコンピュータの自由な利用が制限され、企業間
のデータ通信システムの接続やデータセンター業務等を簡単に開始する
ことができませんでした。
昭和44年ごろから通信回線を開放すべきとの活動が活発になりました。
各種の民間団体や議員連盟からの強い要望により、情報産業振興政策
として、具体的な検討が開始されました。
紆余曲折の末に昭和46年5月に「公衆電気通信法の一部を改正する法律」
が成立しました。
これがいわゆる「回線開放」と呼ばれるものでした。
具体的には昭和46年9月にまず、
「特定通信回線の共同利用の制限緩和と付加使用料の廃止」が行われ、
11月には「広域時分割と電話回線のデータ通信などへの利用開放」が
始まりました。
そして、昭和48年11月にはI規格(48キロヘルツ)、
J規格(240キロヘルツ)の特定通信回線が一般に開放されました。
このI-1,J-1規格の特定通信回線は、回線の周波数帯だけを
提供するもので、利用方法は利用者の自由ということでした。
このときに、D-1(4.8キロヘルツ)の特定通信回線の分割使用
の制限撤廃も実施され回線自由化問題は一段落しました。
以上のように書いても、読者の大部分の方は、チンプンカンプンに
違いありません。
昭和40年代の当時は、通信回線開放問題は大きな問題だったのです。
今から考えると一体なんだったのかという感じですが、通信インフラが、
電電公社の独占事業により、情報システムの伸展阻害要因だった時代の
話です。
その後も、利用形態に関しての制約が残ったものの、徐々に回線利用
制限は開放されていきました。
そして、電電公社は、1985年(昭和60年)に民営化され
日本電信電話株式会社となりました。
1999年(平成11年)に、現状の四社体制である、
日本電信電話株式会社(持株会社)、NTTコミュニケーションズ、
NTT東日本、NTT西日本へと分割されたのです。
通信回線の自由化の問題は、現在のNTT体制以前の問題です。
過去の話ですので、当時のことを知っている人は数少ないと思います。
■この回線自由化の過程の中で、回線料をいかに安価にすべきかの
施策をいくつか実行しました。
小生が実際に関与した具体的な回線料の節減施策に関して解説して
みたいと思います。
■東阪間のD-1回線利用によるコスト節減
当時の三井銀行は、東京と大阪にコンピュータセンターを置き、
関東地区と関西地区でのオンライ処理を分散して処理していました。
従って、両センターの間でのデータの交換処理が必要でした。
このために、東阪間での大量データの新幹線による磁気テープ搬送
システムはオフラインシステムとして当然のことながら確立しており、
更に、東阪間で通信回線も何本も引いていました。
この回線コストが相当の額(どの程度だったかは手元資料に
ありません)、記憶も定かではありません。
2400BPSで月間回線使用料金が、1本40万円程度だった
と思います。実際はもっと高かったように思いますが・・・?。
D-1特定通信回線が、利用可能になるまでは、東阪間の回線は
2400BPS回線と4800BPS回線が何本も引かれていました。
東京の事務センターと関西の事務センターの両センター間の
オンライデータの交換、夜間の一括処理データやオンラインプログラム
等のデータ交換用に利用されていたのです。
この回線料金の月々の支払が結構な金額なっていました。
そこで、この回線使用料金を節減する方式の検討を開始しました。
具体的な回線料金の正確な数字は、手元にありませんので、
東阪間の回線料を1本40万円と仮定して話をすすめていきます。
東阪間に8本の2400BPSの回線があれば、月間の通信回線料金は
320万円となります。
この8本の回線を2本のD-1回線に集約することにより、単純に
80万円に節減でき、月間120万円の節減効果となるという考え方
です。
なぜ8本が2本に集約できるかについての簡単な説明は、D-1回線に
自営の高速モデム(9600BPS)を使うことにより、1本のD-1
回線に4本の2400BPS回線を集線することができるという方式です。
D-1回線の利用料金は、概算で2400BPSの回線の利用料金から、
電電公社のモデム使用料を差し引いたものでしたから、この節減策が
成り立つことになったのです。
要するに、回線開放により、新たなモデムや機器を導入することにより、
電電公社の専用回線の8本を4分の1の2本に集約できたのです。
これにより、回線使用料金も概算で320万円が4分の1の80万円に
なったということです。
これだけでも通信回線料金の年間節減額が3千万円近くになったのです。
ここには、データを変換する9600BPSのモデムという装置や
回線を束ねるのに必要な時分割装置(TDM装置)の導入が必要でした。
この機器の導入コストは、米国製のモデムでしたが、6ヶ月程度で、
投資回収できる程度のコストであったと記憶しています。
この機器の信頼性のテストやD-1回線を利用した場合の回線品質の
保証等のテストに関しては、実際のデータを積み重ねて、実行に移す
ためのテストは慎重に行いました。
回線品質分析装置を接続して、一ヶ月以上の統計をとり、エラーの発生
度合いを、時間帯別、日別の統計を採集した上で、実務上は全く問題なし
との結論をだしました。
これにより、新たな通信機器を導入することにより、回線料金を節減できる
方法があるという確信を持つことができました。
このシステムを応用して、遠隔地の支店に対しての回線の集約をおこない、
システム全体の回線コストの低減を実現することができたのです。
この効果は、一つ一つは地道な節減効果かも知れませんが、トータルとすれば
大変大きな節減効果を生み出す結果となったのです。
次回は、もう一度、高速回線であるI-1規格の活用の事例に関しても
説明してみたいと思います。
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