■人は何のために生きているのか
■東京は蒸し暑い
今日の土曜日、東京は蒸し暑いです。
真夏日のような天気です。
じっとしていても汗をでてきます。
湿度もかなり高いようです。
梅雨の季節になってきました。
■ところで、またもやイラクで死亡者が出てしまいました。
イラクはゲリラ戦に移っているようです。
アフガニスタンと同様に混乱がつづいているようです。
ベトナム戦争で懲りたはずの米国ですが、
同様の状況に陥っているようです。
ジャーナリストとしての報道の使命感から、
リスクを覚悟で戦場の真実を取材のために、
戦場で取材を続けている中での事故?ということになる。
われわれは、お茶の間のテレビで遠い彼方のイラクの実情の
一部をテレビで見ているだけ。
この取材の影で、命の危険を感じながら報道を続けている
何人かの報道関係者が活動しているということを忘れてはならない。
彼らがいなければ、大本営発表で、米国の都合のよい報道
ばかりになり、悲惨な真実は隠されていくことになる。
戦争報道の影には、身を挺してのジャーナリスト魂が生きている。
しかし、いつ何が起こるかわからないのが戦場である。
イラクの抵抗勢力は、世界的に宣伝効果のある外国人を狙い撃ちする。
■世の中で、支配するもの、支配されるものの関係は多数ある。
この支配・被支配の関係が命をかけて戦うことになるのが
戦争であり、テロであり、レジスタンスである。
かつての日本赤軍派も彼らの階級闘争論理に基づく、
テロリズムであった。
サリン事件のオームもテロリズムであった。
両方とも、最終的には自滅の結末であったが、犠牲者が多数でた。
これは日本の高度成長期の中で孤立化していった恥部でした。
■イラクの若者には未来が見えない、目の前の支配者に対しての
テロによる抵抗が精一杯の生きる道なのであろうか。
人間が生きている以上、根底には動物としての闘争本能が存在します。
この闘争本能を「知」や「宗教」により昇華させるのが、現代文明で
あったはずです。
しかし、貧困や空腹は人間の究極の動物本能を目覚めさせるということは
時代が変われど根本的に変化はないということです。
人生も基本的には闘争本能による生きているわけで、
これを「知性」というオブラートで包んでいるに過ぎないのです。
生きるということの根本を考え直す「きっかけ」にしたいものです。
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